社会調査から「社会」を想像する

岡本 裕介 教授
岡本 裕介教授
専門はコミュニケーション論、社会調査。担当科目は「コミュニケーション社会学」「社会調査法」など。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。論文に「統計学的知識と身体の構成」など。専門社会調査士。
社会調査は「社会」をイメージしながら行う(演習での調査風景) 読書が趣味という人や、仕事のために本を読む人を除くと、現代の日本人は売り上げが上位にランキングされる本だけを選んで買う傾向が強いそうです。そう頻繁に本を読むのでなければ、ハズレの本を読むリスクはできるだけ避けたいものです。ランキングを参考にすると、確かにリスクを低くすることはできます。しかし、こうした「ランキング依存」は、上位にランクされる一部の本以外がほとんど売れず、出版不況に拍車をかけるという結果を招きます。現代社会では、情報に基づいて行動する習慣が定着していますが、出版不況はその悪い副作用の1つと言えるでしょう。
 ところで、私たちは本の売り上げランキングのようなデータを見ると、自然と背後にある社会に目を向けてしまいます。たとえばインターネット・ショッピング・サイト「Amazon.co.jp」の2008年和書総合ランキングを見ると、ダントツ1位の『ハリー・ポッターと死の秘宝』は別として、ベスト10のなかに少なくとも5冊の「ビジネス・自己啓発」本がランクインしています。このデータから誰かが現代日本社会の特徴を論じ始めたとしても、特に珍しいこととは映らないでしょう。
 人や物の数を数えて処理をする統計の歴史は古く、たとえば新約聖書のなかにも人口統計のエピソードが出てきます(マリアがイエスを馬小屋で出産しなければならなかったのは、本籍地で登録をするための旅の途中だったから)。しかし、データの背後に社会を見るようになるのは、早くとも18世紀の終わりごろです。私たちは「社会」と呼ばれる空間が自分たちのまわりにあって、それが正常だったり異常(社会病理)だったり、あるいは他のさまざまな特徴をもつことにより、私たちに影響を与えると考えます。
 19世紀のロンドンでは、現代日本と同じように「貧困」が社会問題となっていました。近代の都市は歴史上かつてない規模で人口が集中する空間で、そうすると、衛生、治安、貧困などの問題が生じます。犯罪が生じてもその責任のすべてを犯人に押し付けてしまうのではなく、少なくとも部分的には背後にある社会に原因があると考えます。これがいわば「社会問題」です。当時のロンドンでは、市民の25%が貧民であると主張する人もいて、こうした社会問題を背景に、チャールズ・ブースという研究者が調査をしました(これによると、貧民に該当するのは人口の30%に達していました)。
道行く人びとから「社会」に思いをはせるのも社会調査  日本で「社会問題」らしきものがマスメディアを賑わせるようになるのは、明治時代の半ばあたりで、特に産業の急速な発達に伴って現れた工場労働者の労働条件や健康状態が取り上げられていました。その後、政府や地方自治体でおびただしい数の社会調査が行なわれましたが、その多くが何らかの「社会問題」を背景にしていました。
 1930(昭和5)年に今和次郎(こん・わじろう)の『モデルノロヂオ――考現学』がベストセラーになりました。この本がベストセラーになったということは、人々の「社会」へのまなざしが完全に定着したということを示しています。今はスケッチがうまく、民俗学者の柳田国男の調査に同行して『民家図集』などで画力を発揮した人物です。彼が震災後の東京の人びとの日常を観察し、服装の分類や割合をスケッチとともに記述したのが『モデルノロヂオ』です。考古学が遺跡やそこから出土したものをもとに過去へと思いをはせるの対し、考現学は現在私たちを取り囲んでいる社会にまなざしを向けます。自分の同時代人たちはどんな服装をして、どんな趣味をもっているのか。ふだんはどんな生活をし、休日にはどこに出かけて行くのか。もちろん現在では誰にもなじみのあるまなざしです。
 さて、ここから冒頭で述べた「ランキング依存」の時代までには、実は大きな隔たりがあるのですが、それはまた別の機会に。というわけで、社会調査にともなう「想像」の部分、それも「社会」そのものの想像という研究領域を紹介させていただきました。