江戸時代の文学から能楽まで

山崎 芙紗子 教授
山崎 芙紗子教授
専門は江戸時代の文学。担当科目は「日本文学史」「伝統文化論B(能楽)」「京都の文学」など。京都大学文学部大学院博士課程修了。大谷大学特別研修員などを経て、現在京都学園大学教授。共著『和歌文学史』など。能楽シテ方観世流準職分。
江戸後期の挿絵の一例 時代劇でおなじみの与力や同心、大店のお嬢様や手代に丁稚、こんな人々が活躍するのが、江戸時代の都市です。平和な時代でしたが、さまざまな事件がありました。殺人や心中など、実際に起こった事件を脚色して小説にしたり芝居にしたりすることが流行しました。元禄時代に井原西鶴が著わした短編小説は、江戸時代を通じて小説のお手本になりました。
 ついで江戸中期、中国の『水滸伝』や『三国志演義』が輸入されると、人々は英雄・美女が活躍するその雄大なスケールに圧倒されました。中国の小説が日本を舞台に作り替えられ、日本人を楽しませました。それには、たいへん精緻なタッチの浮世絵が挿絵として登場し、文章以上のファンを獲得しました。このころになると、妖怪や変化、を扱った『雨月物語』などの怪奇小説が生まれ、怖いもの見たさもあってしだいにグロテスクで退廃的な内容の芝居などが上演されるようになったのです。
一つ食べると三千年の寿命を得られる仙桃をささげ持つ女神「西王母」~能の一場面~  江戸後期のベストセラーは何と言っても曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』でした。伏姫の愛犬「八房」は、城が包囲され絶体絶命になったとき、敵陣の中に侵入し敵の大将・安西景連の首をかみ切ってくわえてもどります。姫の父・里見義実の、敵将を討ったら姫の婿にするという冗談を真に受けてのことでした。
 私の研究の分野は、江戸時代の文学作品に、中国文学の影響や、源氏物語や伊勢物語などの日本の古典、あるいは昔話などの影響が、作品の構成や語彙のレベルで認められることを考証していくものです。内容や挿絵の関係も検証していきます。
 
 江戸時代の町人は、寺子屋の次の段階の教育として茶道と同時に、「謡」や「仕舞」を文化教養として身につけていました。「能」の台本を、声を出しながら読む「謡」の流行は、当時の俳諧をはじめとする文学作品に多大な影響を与えています。
 「能」と「狂言」は、通常は一日に両方を組み合わせて興行しますが、「狂言」が喜劇中心のセリフ劇であるのに対し、「能」は悲劇が多く、音楽や舞のウェイトが大きいという特長があります。
仕舞「春日竜神」より 山崎芙紗子  じつは私は、幼いときから観世流シテ方能楽師の母について「謡」や「仕舞」を習い、二十六歳のときに、プロの能楽師になりました。右の版画は、私が小学生の頃家にあった謡本の「西王母」という曲のシテ(主役)を描いたものですが、子供ながらその美しさにうっとりしたものです。
 私が現在所属している日本語日本文化専攻には、茶道・能楽・書道・陶芸などの実習科目があり、私は能楽の実習を担当しています。視界が狭い能面をかけて舞台で舞うには修練が必要ですが、その第一歩の「仕舞」を学生さんに手ほどきしています。
 「能」という伝統芸能は海外では意外と有名で、外国の人から「能」について質問された日本人が、じつは「能」を見たこともなかったので困った話をよく耳にします。一方、「能」を趣味としている人が少数派であるだけに、「能」の好きな人同士は不思議な仲間意識を持っています。本学ばかりでなく京都の大学にはたいてい「能」のクラブがありますが、能楽部の学生が就職の面接で「能」をたしなんでいる社長さんに出会い、急に話がまとまったりするのもこういった事情によるものです。人が持っていない特技を持つ……「能」を皆さんの特技にしてみてはいかがでしょう。
 私の研究し学んでいる分野を通して多くの学生さんに、日本語の美しさや日本文化の奥深さを感じていただけたらと願っています。