「こころ」は解明されるか

小川 嗣夫 教授
小川 嗣夫教授
専門は認知心理学・神経心理学。担当科目は「心理学概論」「認知心理学」「心理学初級・基礎・上級実験」など。関西学院大学大学院博士課程満期退学、博士(心理学)
脳波測定実験のデモ 高校二年生の時、「改めねばならぬのはこの世の中ばかりではない。法律を改めねばならぬ。人の心を改めねばならぬ」という言葉に動かされました。その頃の時代精神は、努力すればこの世の中はもっと良くなるに違いないというものでした。自らの不明を恥じねばなりませんが、人の心を変えるには、心理学を勉強しなければならないと短絡的に考えた訳です。しかし、一九六○(昭和四〇)年代の日本の心理学は、犬やネズミを使った実験が主流でした。人間と動物の学習行動は、程度の差はあっても基本的には同じだと考えて研究していました。僕の卒業論文は『言語学習における学習解消と自発的回復について』という忘却の研究ですが、パブロフ流の条件づけのようなタイトルが行動主義心理学の影響下にあったことをよく表しています。しかし、一九七〇年ごろ、日本の心理学は行動主義という馴染んだパラダイムを捨て情報処理パラダイムを採用することになりました。修士論文は『言語学習におけるimageryの効果に関する研究』です。行動主義心理学の全盛時代には、イメージという用語は、いわば禁断の木の実でしたので、その時期に行動主義心理学から認知心理学への「革命」が進行していたことを如実に示しています。認知心理学では、意識や心が外界の情報をどのように処理するかを研究しています。認知は心の働きであり、生きるために必要不可欠な活動です。
心理学実験の本1・心理学実験の本2・心理学実験の本3・心理学実験の本4 その頃、言語的情報は左脳で処理され、イメージは右脳の働きだといわれるようになりました。そこで、僕はイメージが右脳の働きであるかどうかを調べるために、まず、眼から大脳半球への情報伝達経路の交叉性・非交叉性について研究することにしました。そして、二種類の新しい実験方法によって、一般的とされていた交叉性経路ではなく、非交差性経路の方が優位であることを実証し、その研究業績によって博士の学位を授与されました『認知の大脳半球機能差に関する研究』(風間書房)。
 京都学園大学人間文化学部に赴任してからは、知覚や記憶など認知心理学の研究領域の心理学実験をたくさん行いました。そして、「認知は世界を縮小(要約)する」という説を唱えました。景色は画用紙に縮小して描かれ、千円札や一万円札、硬貨の大きさ(輪郭)も縮小して描かれます。さらに、聞いた話や読んだ本も短く要約されて再現されます。このような認知の側面は『卒論・修論のための心理学実験こうすればおもしろい1・2・3』(ブレーン出版)に掲載されているさまざまな実験によって実証されています。近共著『心身機能の低下予防の研究』(ブレーン出版)では、高齢化社会の実現はこの地球上での人類の成功の証明ですが、高齢になると認知の縮小機能が多少低下することを実証しています。このようにして、意識や心の働きに関する状況証拠がたくさん集まり、収束的妥当性によって意識や心が解明される日が近づいて来たような気がして、胸のときめきを禁じ得ません。
 思えば幸せな人生でした。徴兵されず、芋の子を洗うようにして育てられましたが、人口が多く熱気と活気にあふれた時代でした。運や能力はさておき、入学や就職、結婚に自由が許された時代でした。こんなすばらしい時代が、かつてどこかの国のいつかの時代にあったでしょうか。戦後日本の自由と民主主義という、すばらしい時間軸と空間軸の中で命を長らえることができました。ダメもと精神で夢や思いに賭けて生きてきました。これ以上、人生に一体何を望むと言うのでしょうか。実にすばらしい人生でした。誠に我が人生に悔いは無しであります。