発達障害と心理学の基礎研究

行廣 隆次 准教授
行廣 隆次准教授
専門は認知心理学、心理測定。名古屋大学大学院博士後期課程中退。北海道大学助手を経て京都学園大学へ。「思考心理学」「心理統計学」等を担当。近年は、日常場面での思考と確率・統計的な判断の比較や、発達障害(本文参照)等を主な研究テーマとしている。
上:要素と全体配置が一致した刺激例。下:要素と全体配置が不一致の刺激例。通常、全体配置を判断する場合には要素からの影響を受けないか、要素を判断する場合には不一致(右)では全体配置情報から妨害を受けて判断が遅くなる。 私は、認知心理学や心理測定という、心理学の中でも実験や測定を重視する分野を専門としてきました。実験室で実験を行い、そのデータを統計解析して論文を書くという、基礎研究の色合いの強い分野です。ところが近年、広汎性発達障害を専門とする共同研究者と仕事をする機会に恵まれ、臨床的な分野に関わることも増えてきました。
 広汎性発達障害は近年広く注目を集めるようになってきましたので、ご存じの方も多いでしょう。自閉症やアスペルガー障害などを含む、生まれつきの脳機能の障害と考えられています。社会性の障害、コミュニケーションの障害、想像力の障害の三つが、基本的な障害とされています。
 発達障害は、心理学では臨床心理学の分野というイメージが強いことと思います。障害の特徴を理解し、障害によって生じる問題に対処するための手助けをする、そうした役割が心理学には求められています。
発達障害に対する認知心理学からのアプローチ認知心理学を専門として来た私は、臨床心理学の手法のトレーニングは受けていません。しかし、認知心理学は人間の記憶や思考、知覚などの働きを解明する学問で、こうした心の機能を詳細に分析する実験テクニックを持っています。それを使って、発達障害を持つ方々の心理特性や、障害の根本にある心理メカニズムの解明に貢献することができるのではないかということです。
 少し話が細かくなりますが、私が参加した実験の一つを簡単に紹介しましょう。この実験では、上の図のような小さな文字が並んで別の文字が作られている図を実験参加者に示して、その文字が何であるのかを判断してもらいました。ここで、図を構成する一つ一つの要素の文字を判断する場合と、要素が集まった並びの形全体を文字として判断する場合の二つを考えます。この手法はネイヴォンという認知心理学者が考案したもので、全体の並びを判断する場合には、要素が何であるかは通常ほとんど判断に影響しません。しかし、要素を判断する場合には、全体の並びが別の文字になっていると妨害されて判断が遅くなります。人間は大域的な情報を優先的に処理する傾向があるのです。
 ところが、広汎性発達障害児では、全体の並びを判断する場合にも、要素が異なる文字である場合に判断が妨害されました。この結果は先行研究の結果とも一致しており、広汎性発達障害では、さまざまな情報の中で全体像と細部の情報を見る見方に特有の傾向がある可能性が考えられます。そうした特性が、対人関係などの障害を引き起こす原因ではないかという、中枢性統合の障害説という学説につながっていると考えられます。
 大変細かい話ですし、またこれはほんの一例に過ぎません。しかし、臨床心理学や、脳神経科学などの隣接分野の研究者と意見交換をしながら、このような基礎研究を積み重ねることが、発達障害の理解を徐々に進めていくことにつながると考えています。
心理学実験の授業風景 スクリーニングや支援のための尺度開発基礎研究の手法を発達障害の臨床に役立てられたもう一つの仕事が、測定や統計解析の技法を使った尺度開発の仕事です。ここで「尺度」とは、本人や養育者に対して数々の質問を行い、発達障害が疑われる程度を評価したり、あるいは日常生活における適応度を評価したりするための、テストのようなものです。
 広汎性発達障害のどのような特徴を、どのような質問でたずねるのが適切かは、発達障害を専門とする医学や臨床心理学の研究者の方々が作成しました。それらの質問項目を通して得られたデータを統計解析し、得点の精度を評価したり、判断の規準を提案したりすることが私の役割です。そうしてできた成果の一つとして、PARS(正式名は「広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度」、スペクトラム出版、2008年)が出版されています。