現代広告 日常空間を市場に変える誘惑

君塚 洋一 教授
君塚 洋一教授
広告広報論、メディア論、文化研究。成城大学大学院博士後期課程修了。ぴあ総合研究所などを経て現職。『文化としてのテレビ・コマーシャル』『イメージ編集』(いずれも共著)。まちづくり、企業広報支援、情報デザイン、コミュニティサイト運営にも携わる。
メディア社会学科 個人や組織が自分の考えや活動をアピールし、多くの人の理解と支持を得ようとするコミュニケーションを、現代社会では「宣伝(propaganda)」、あるいは「広報(public relations)」と呼んでいます。一般に宣伝は一方向的、広報は双方向的だと言われます。「広告(advertising)」はこの宣伝や広報をおこなう主体に対して、多くの人々への呼びかけを可能にするマスメディアの枠を有料で提供するしくみであり、またそれを利用した発信活動のことです。日本では、配信されるCMやポスターなどのメッセージも同じく「広告(advertisement)」と呼ばれます。
マスメディアと読者・視聴者との関係に相乗りする情報提供のしくみマスメディアを使ったコミュニケーションとしての広告の特徴とは何でしょうか。
 マスメディアの発信活動は通常、テレビ局や新聞社などの媒体社や映画監督・ミュージシャン・マンガ家など、メディアを使った発信を専門とする企業や記者、作家や芸能人によって行われます。社会にメッセージを発信しようとする広告主の多くは、化粧品や携帯電話の企業、政党やお役所、環境保護や差別撤廃を訴える非営利団体など、必ずしも記事や番組、作品を制作し公開する専門家ではありません。
 そのような一般の個人や組織が、すでにさまざまな媒体が関係を持っている視聴者や読者の必要な層を相手に、媒体社にお金を払って自らのメッセージを自由に配信できるところが、現代社会のしくみとして広告が画期的である点です。
 世界で最も高額な広告は、毎年開催されるアメリカン・フットボール「スーパーボウル」のTVCMで、三○秒スポット一回で約三億円です(二○○九年、三百万ドル)。有名人でない私たちがイベントを開き、ライブハウスで公演をしたら、数百人を集めるのも容易ではありません。しかし、スーパーボウル中継は全米で一億人が視聴すると言われます。
 現代社会は、一五○円のソフトドリンクを五○○万ケース売る、あるいは五千万人の有権者に公約を訴える、といったスケールのマス・セールスやマス・コミュニケーションによって制御される「大衆社会」です。これらの活動の成就に情報開示は不可欠です。そして、この規模の社会でさまざまな主体が思想の普及や政策の実現、商品経済の運営をおこなうために欠かせない「情報提供のしくみ」のひとつが広告なのです。
人の日常を「市場=取引の場」に組み入れる説得の力広告というマス・コミュニケーションの最大の特徴は、売り込むべき思想や政策、商品の取引の場(市場や投票所など)を、市民や消費者の生活空間にまで拡張できることです。テレビドラマを見る消費者は必ずしも車やシャンプーのことを考えていませんし、駅のポスターの前を通り過ぎる市民は次の選挙に投票すべき候補者のことを思い浮かべているわけではありません。日常の人々はつねに「政治参加や買い物の気分」にあるわけではないのですから、彼らにいきなり思想や商品を売り込むことはできません。
「CM表現論」では、ブランド戦略と広告表現との関係を探る  そこで、広告はマスメディアという触手を通じて、売り込むべき対象を、それとは必ずしも関係のない、人々が興味を感ずる別の対象(有名人、美しい女性、コミカルなコント、優雅な暮らし、懸案の社会問題等)を使った「つかみ」や「芸」とともに示して人々の関心を起動し、おもむろに本題の対象をアピールすることで、人々の日常を思想や商品の「市場」に組み入れていくのです。手元のブラウザーをクリックすると商品を買うことができるインターネットは、その双方向性により、情報メディアと店舗や投票所の役割を兼ね備える革新的な機能を持つに至りました。
 広告は、幅広い告知や説得を意図する広告主の都合で私たちの日常に送り込まれるものですから、記事や番組と違って見たいときに見られず、見ようと思わないときに現れます。私たちは、そんな広告やメディアのメカニズムを知り、その「説得の力」に備える必要があります。といっても、私たちはその「被害者」に過ぎない、とは思わないでください。さまざまな力が行き交う世の中では、私たちだって、仕事や学校、デートや遊びの場で説得の力を発揮し、応援し、やりすごし、あるいは楽しんでもいるのですから。