ところで、メディアってなに? メディアで遊ぶ?

関口 久雄 准教授
関口 久雄准教授
メディア遊び研究/実践。修士(社会学・学際情報学)。「メディア表現実習」「マルチメディア論」「情報ネットワーク論」他担当。著書『メディアのブリコラージュ‥つくる・遊ぶ・考える』冬弓舎(2008)。
 私は、大学卒業後、メディア業界の〝現場〟を流浪したあげく、幼い頃から大の学校嫌いがなにをトチ狂ったのか、2つも大学院に通うハメになり、なぜか今は大学という職場で働いている(基本的に今でも教師も学校も大嫌いである)。
 そもそも「メディア(media)」とは――一般に「人間がコミュニケーションするための手段」。こ難しく言えば「人間の意思表現ならびに情報伝達を助け、助長する媒体」、言いかえれば「人間を拡張すると同時に人間を社会的に枠づける役割を果たす媒介」である。そして、そのような“間に入るもの”をその意味の核としながら、「デジタル」「マルチ」等の修飾語を加えながら、多義的な概念として、社会生活のあらゆる場面で使われている。また、古いものから新しいものまでメディアは社会の至るところに存在している。人間の身体からはじまり私たちを取り巻くあらゆるものがメディアとなる可能性をもつ。同時にメディアは歴史・社会的に生成されてきたものであり、現在のメディアの姿は絶対的・固定的ではなく、絶えず変容していくのである。
 では、私は大学でなにをやっているのか。簡単に言えば〝メディアで遊ぶ(Playing with Media)〟というワークショップ。「ワークショップ(workshop)」とは、もともと「作業場」「工房」を表わすことばであるが、現在では「共同で創作活動をする」あるいは「頭で考えるだけでなく、身体も動かしながら学び合う」、参加する人たちが〝対等に〟お互いに刺激し合い、助け合う〝共育〟を実践する〝場〟。そのワークショップでは、まず今日のさまざまなメディアを主体的に体験することからはじまる。
 たとえば、テレビ番組を見る、雑誌やマンガを読む、CDを聴く、ビデオ/DVDを鑑賞する、各種ゲームに興じる、ウェブにアクセスする、チャットでおしゃべりする、映画館に行く、美術館/博物館を訪れる、ライブに参加する、お洒落な店で美味しい料理を食べる、流行のファッションを着こなす、時には空を眺めたり、できればお堅い本とも対峙して欲しい…。
 体験した後に考える。「なぜ楽しかったのだろうか/なぜつまらなかったのだろうか」。同ジャンル/他ジャンルのものとの比較もしてみる。また「あのやり方は問題だ」「こうすればもっとよくなるはず」等々〝自分ならばどうするか〟をさまざまな視点から熟慮してみる。そして、自らなにかしらのメディアをつくる、を試みるのである。
メディア≪つくる≫工房=メディアの遊び場 http://media-tukuru.jp  「傍観/批判するだけでなく、私にも…できる(かもしれない)」。〝メディア遊び〟は、当たり前の約束ごとに従属してしまった私たちに新鮮な驚きと開かれた可能性を与えてくれる。そして、〝遊び〟だからこそ、真剣である。しがらみも制約もタブーもない。言い訳する相手もいない。自分自身と向き合うしかないのである。〝遊び〟の基本は〝楽しさ〟の追求。楽しむことができなければ、なにも生まれないからである。
 換言すれば、大学というのは、教員と呼ばれるエラそうな人たちから一方的に「教わる場」ではなく、あくまでも自らの意志で自分に必要なことを「学ぶ場」である。そして、「日常の風景を異化する(=それまであたりまえだと思っていたものごとを改めて問い直す)場」なのである。  自分たちのまわりにあるさまざまなメディアについて、真摯に、遊び、考え、そして、表現する〝学びの場〟を共同運営できる人、集まれ(^o^)/