橋本尚子准教授(司会)

専門は臨床心理学。京都大学大学院教育学研究科、博士後期課程満期退学。大学では心理療法、教育相談の科目を担当。またスクールカウンセリング、学生相談などを行う。論文に「主体の成立と他者の出現」(ユング研究4巻所収)などがある。

近藤彩香さん

人間文化学部を経て、2012年、大学院人間文化研究科臨床心理コース修士課程修了。臨床心理士。修了後は綾部市にある児童福祉施設「るんびに学園」に勤務。心に傷を負う児童たちの心のケアを通して、臨床心理士として何ができるのかを模索中。

秦幸江さん

人間文化学部を経て、2011年、大学院人間文化研究科臨床心理コース修士課程修了。臨床心理士。修了後の2年間は大学の学生相談室に勤務し、今年4月からは、故郷・富山県のクリニックに新設されたメンタルヘルス部門に、カウンセラーとして赴任。

橋本 お二人とも昨年の12月に臨床心理士の試験に合格されたそうで、おめでとうございます。学部への入学から大学院に進み、今回の合格までの道のりにはいろいろあったと思います。最初に、お二人が臨床心理士をめざした動機からお話しいただけますか。

近藤 私はもともと人が好きで、人と関わったり、いろんな人の話を聞くことが好きでした。人の話に共感できることもたくさんあって、最初は漠然とでしたが、人の話を聞いて、力になってあげられるような仕事に就けたらいいなと思っていました。その後カウンセラーという仕事があることを知って、ここ、京都学園大学の心理学科をめざしました。

私は近藤さんとは逆に、対人関係が「ど下手くそ」なんですね(笑)。それですごく悩んで、心も内側にこもりがちだった。そういう自分の経験が生かせれば、同じように悩んでいる人にも共感でき、手助けできるんじゃないか。臨床心理士になるためには大学院まで行かなければならないことも知っていましたから、高校の時から大学院へ進学する見通しをもって京都学園大学を受験しました。

──知識と身体感覚、その両方がカウンセリングの力となる。

橋本 学生時代はどんなふうに過ごされましたか。

近藤 私はダンス部に所属して、一生懸命踊ってました(笑)。「踊る」という身体感覚や仲間と一緒に踊ることを楽しみつつ、もちろん勉強も一生懸命していました。心と体はつながっています。ダンスを通して、身体感覚がすごく研ぎ澄まされたような気がします。

橋本 カウンセリングの現場では、自分の身体感覚でクライエント(来談者)の状態を探っていくということも重要ですからね。秦さんはどうですか?

私は「大学デビュー」にちょっと失敗して、なかなか友だちもできなかったし、サークルやバイトにも手が出ませんでした。英語が好きだったので毎年二つ以上の授業を受け、放課後は図書館にこもって英文訳に没頭するような学部時代でした。大学院受験の頃は『ヒルガードの心理学』という分厚い本をひたすら訳してましたね。
院に進んでも、しばらくは同級生に対してトゲトゲしていたんですが、そんな私をみんなは優しく迎え入れてくれて、ようやく自分の攻撃性が「必要ではない」ことに気づくことができた。それからは一緒にご飯を食べたり勉強したりと、今まで一人でやることが当たり前だと思っていたことも、人と一緒だと楽しいことがわかってきた。ですから同期の人たちには、ほんとうに感謝しています。

橋本 秦さんが理論派だとすると、近藤さんは肉体派、かな(笑)。ずいぶん対照的な学部時代を送ってこられたんですね。深い知識と鋭敏な身体感覚、カウンセリングの現場では、その両方が必要となってきますよね。

──勇気をもって目の前の人と「出会う」ことの大切さを学びました。

橋本 大学院に進むと、大学付属の心理教育相談室「桂センター」で、実際に心の悩みを持つクライエントを担当し、実践的な学習が始まります。お二人にとっても初めての「臨床」体験になるわけですが、うまくいきましたか?

クライエントを持つと、自分が本当に臨床心理士への道を歩み始めたんだという覚悟と責任感が芽生えます。最初は緊張で押し潰されそうになりましたけど……。

近藤 学部では先生と学生だったのに、院では一人の専門の相談員として扱われます。そうすると自分の未熟さや知識のなさを思い知らされる。そんななかでクライエントを前にすることは、最初はすごく怖かった。でもある時ふと、私が相手にしているのは「人」なんだと思った。知識だけに頼るのではなく、心理療法は「人と人」の関係のなかにあるんだということが実感できました。

橋本 自分の「怖さ」から一歩外に出られた、という感じですね。相談に来ているクライエントも、最初はどんな先生かわからないし、自分の悩みを話さなければいけないし、すごく怖いはずですよね。カウンセラーもクライエントも、そんな気持ちの中で、でも勇気を出して「出会って」いく。

私が担当したクライエントはぜんぜん話をしない人で、最初私は、周囲の情報ばかりに気を取られていました。目の前のクライエントにちゃんと「会えて」いなかったんですね。クライエントとちゃんと「出会う」ことって、ほんとうに大切だと知らされました。

橋本 目の前の人にちゃんと「会う」ことは、簡単そうでいて実はとても難しい。普段の日常では、私たちはそれほど相手のことを考えて話していないのかもしれませんね。

──ともに勉強した仲間は、生涯にわたっての心の支えです。

橋本 「臨床心理士」の試験勉強は、どんなふうにされたんでしょうか?

近藤 一緒に受験する仲間と、月に一度勉強会を開きました。秦さんとも一緒でしたが、すごくためになりました。

勉強会では、論述試験の問題にみんなで解答を出しあうということもしました。論述試験には決まった一つの解答というものがありません。ですからいろんな人の、いろんな意見を聞くことができると、「ああ、そんな見方や考え方もあるのか」と、とても参考になるんです。

近藤 たとえば、○○さんは「脳」について、△△さんは「検査」について、といったように、みんながそれぞれ調べたことや知識を持ち寄って勉強したのも楽しかったですね。本の勉強だけではわからないことを、人と触れ合いながら、体で理解していけた感じがありました。

橋本 すごく暖かい雰囲気の、いい仲間たちにめぐりあえたんですね。京都学園大学では学部の「臨床心理学コース」のゼミで10人程度、大学院の同じコースは5人程度と、比較的少人数で教育を行っています。それだけに同期の仲間とのつながりも強くなりやすい。同期で一緒に勉強した仲間は、これから社会に出て実際に臨床を始めてからも、困ったことがあったら相談できたり、ときには心の寄りどころともなる、とても貴重な存在になっていきます。もちろん、大学を通じてお世話になる学内外の先生方とのつながりも、とても力強く思えるに違いありません。

臨床心理士になりたいという希望は、最初は漠然としていましたが、2年間、母校の学生相談室の経験を積み、こうして試験にも合格すると、「ああ、私はこの道を進んでいくんだな」という決意が固まった気がします。

──誰かの支えになれることが、かけがえのない経験となる。

近藤 私は今、児童福祉施設に勤務していますが、まだ、決意や自信があるとは胸を張って言えません。日々会っているクライエントの子どもたちは、心にとても大きな傷を負っていて、私がどれだけがんばっても、家族の問題や経済状況など、変えられないこともたくさんあります。臨床心理士として、この子たちのどんな力になれるのか、そのためにはどうすればいいのか、考えれば考えるほどわからなくなる時があります。

橋本 一般的にカウンセリングは、「人の心を読むこと」と捉えている人が多いと思いますが、そのためには、それ以上に深く自分と向き合っていくことが必要になってくる。

たとえば授業で何かミスをして叱られて落ち込んだとすると、「自分はどうして落ち込んでいるんだろう?」と、何度も何度も自分に問いながら、自分自身を分析し、意識的に立て直していく。大学時代はもちろん、今でもそんな経験を毎日いっぱいしています。

橋本 それが臨床のしんどさであり、面白さでもありますよね。

近藤 そうやって苦しみながらも、クライエントが心を開いてくれて、距離が一歩近づいたり、その人が一歩前進できた感じが共有できると、すごくうれしいですね。だからカウンセリングを続けていくことができる。

他の人の人生の一部を共有できたという感覚は、私の人生にとってかけがえのないことだし、それが今はとても楽しいですね。

近藤 「人」って、意外に丈夫なんですよ。精神的にすごくボロボロだったのに、きっかけさえあればまた立ち上がることができる。そういう「人」の姿に出会えた瞬間は、やっぱり最高にうれしいですね。